「マルチフォンって、何回ゼンマイを巻けばいいんですか」
1Fレジの横には黒くて大きな蓄音機がある。
目の前のガラスを覗いてみると、
青くて丸太い筒(蝋管型)が観覧車みたいに連なっている。
手前の鉄の小さなハンドルをぐるぐる回すと、
蓄音機の中で、”観覧車”が動き出す。
時計の針を手動で合わせるように、
聞きたい番号を針にちょっとずらして持って行く。
レジ係のとき、お客さんが来ない間にこっそりと、
少しだけ回したときがあった。
だけど、正面右の大きめのゼンマイのハンドルだけは
切れてしまうのではないか、
と不安になって、こっそり巻くのがためらわれた。
そこで、先輩にゼンマイの巻く回数を聞いてみたのである。
ちなみに、私は先輩に早く追いつこうと、
他のオルゴールの巻く回数もいくつか聞いて、
メモしてしまおうと欲張るつもりだった。
だが・・・・
「う~ん、何回かははっきりとは言えないよ。
前の人がたくさん巻いていたかもしれないし、
巻いてなかったかもしれない。
何よりも機種によって硬さも違うし。。
自分でゼンマイを巻いてみて、
ちょうどいいところを覚えていくしかないんですよ」
先輩は手慣れた手つきで、
マルチフォンのゼンマイを巻いて見せてくれた。
「こんな感じです」
と、経験ありきの世界を思い知った。
「うわぁ~、なんだか人みたいだ」
と心の中で私はつぶやいた。
オルゴールは人との出会いと同じように
思いやりをもって接することをを学んだ。
名前を覚えて、特徴をとらえる。
まるで、初めて出会う人との信頼関係を築くように。
が、
「オルゴールはね、新人が動かすと舐められることがあるんだよ」
マネージャーの言葉が、頭をよぎった。
オルゴールとの向き合い方を学んだのもつかの間。
さて、”舐められる”とはいったい何なのか。
きたる洗礼の日に備えて、ひとまず待つことにしようと思う。
(新)