ディスク・オルゴールが誕生した1880年代。日本はまさに近代産業の形成期でした。1882年の日本銀行の開業などにより貨幣、金融制度が整えられると産業界が活気付き、1886~9年には鉄道、紡績を中心として株式会社設立のブームが巻き起こりました。
1880年代、シリンダー・オルゴールは最盛期を迎え、演奏技術は既に頂点に達していました。しかし、演奏の上手なオルゴールは高価で、資本家階級(ブルジョア)のものであり、一般大衆の手に届くものではありませんでした。そこで、安価で簡略化された小さなものが作られ、子供のおもちゃや、裁縫箱、アルバム、お土産用にはスイスシャレー(山小屋)のケースに収められ、販売されるようになりました。一本のシリンダーに収録できる曲数に限りがあること、シリンダーに植えられたピンを人の手で一本一本植えて作るために、大型のものは大変高価であることなどの問題は解決できなかったのです。
|
|
高価なシリンダーに劣らない演奏能力を持つ低コストのオルゴール作りに、多くの生産者が挑戦しました。そのヒントは、当時ヨーロッパ各国で流行していたオルガニートと呼ばれ手廻しのリード・オルガンにありました。この自動オルガンのソフトウェアに、厚紙や亜鉛の円盤(ディスク)が用いられていたのです。ディスクに孔をあけて曲を記録するこの方法を用いれば、シリンダーの製造に掛かるコストを削減することができるばかりか、1台の機械があればディスクを交換するだけで何曲でも曲を楽しむことができるようになるのです。 |
最初にディスクを使用してオルゴールの櫛歯を鳴らす試みを行なったのはゲール ブームです。1882年にアメリカで特許を取得しましたが、実用化には程遠いものでした。1885-6年にイギリスの楽器商エリス パールとドイツのパウル ロッホマンがディスク・オルゴールに関する様々な特許を出願しました。
この二人、一時は特許上の問題で対立しますが、英国に於いて大きな販売力を持つパールと、機械製造に優れたロッホマンは協力し、とうとう1886年、ロッホマンが創立したシンフォニオン社から最初のディスク・オルゴールが製品化されました。最初のディスクはカードボードと呼ばれる厚紙を使用していました。空気が通るだけのオルガンと異なり、金属の櫛歯を弾くには力がかかります。最初に販売された厚紙のディスクはすぐにボロボロになり最適ではありませんでした。そこで1887年金属のディスクが登場します。
|
|
|
1889年、シンフォニオン社のロッホマンとウェンドランドがディスク・オルゴールにとって画期的なアイデアを発明します。スターホイールの発明です。スターホイールとは星の型をした歯車で、ディスクと櫛歯の間に置かれます。ディスク裏の突起がスターホイールの歯に掛かってスターホイールを回転させると、一方の歯が櫛歯を弾く仕組みです。
スターホイールはシリンダーの細いピンと比べると大きく丈夫なために櫛歯を弾くストロークも強くなり、豊かな音量を得ることに成功しました。またひとつのスターホイールで、2本の櫛歯を同時に弾くことも可能にし、2枚の櫛歯で演奏するオルゴールも登場します。
|
ディスク盤は機械でプレスして大量に生産することが可能で、シリンダーに比べるとコストも安くなり、一般大衆の身近なものとなりました。こうして誕生したディスク・オルゴールは多くの可能性を秘めて飽和状態であったオルゴール業界に新しい息吹を吹き込んだのです。
|