明治17年(1884)アメリカ帰りの戸田欽堂が考案したもので、14ノート(ピアノの黒鍵部分無しの2オクターブ゙弱)のフリー・リードを使用したロール式の自動オルガン。和紙の巻紙に孔を開けて、この孔がリードの穴の上にくると、そこに空気が通り奏鳴する。当時、十字屋の広告には「閑居幽栖ノ日ニ弄ビテ無聊ヲ慰シ、心耳ヲ楽シマム。当今無比ノ名品ナリ」とあった。明治21年の朝日新聞には「長唄、端唄、讃美歌、唱歌、意のままに奏で得る自由自在の風流道具なるは、諸人の能知る所なるが、追々曲譜も殖て慰みの数を増たれば、昨今頗る売れ口よく…」とある。明治26年頃で並製が7円だったが音楽学校や小学校などに5800台も売れたとのこと(当時、米1升が9銭)。演奏はメロディのみを演奏する単純なものであったため、明治の末期には人々の音楽感性が豊かになり、この幼稚なオルガニートは製造されなくなる。
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